【第13回】不動産のトラブル!つつじヶ丘駅近物件:上階にノイローゼ・クレーマー家族が

私は、1982年(23歳)でサラリーマンになり、勤め先の久我山駅近独身寮(家賃月6千円)に住み始めました。
そして、1990年(32歳)の時、結婚。
同じく、勤め先のつつじヶ丘駅近小規模社宅に居住。
直後に、バブル崩壊。株・不動産が大暴落となりました。
1991年(33歳)の時、双子誕生を機に、隣の広めの社宅に移りました。
1994年(35歳)、今度こそそろそろ底かなと思い、社宅の隣の区分所有マンションを居住用として購入しました。
78㎡・3SLDKで、4,000万円です。
マンション敷地内のスーパーにも近く、2階で、下は管理集会用の部屋。下を気にしなくてもいい部屋でした。
勤め先の財形住宅融資3,000万円と、頭金以外の残りは、M銀行から借りました。
そして、1995年1月17日阪神淡路大震災。
不動産、特に土地の無い区分所有マンション(理論上は土地の共有持ち分はありますが)は更に大暴落となりました。

その後、上階に住んでいた家族が仕事の関係で、ドイツに行くことになり、引っ越していき、一時的に他人に貸していくことに。
そして数年後、その家族は、ドイツでノイローゼ状態になって帰国してきたのです。
うちの双子は元気な6歳(保育園年長)になっていました。
ところがある日、上階の3階のその家族からうるさいとクレームがきたのです。
上に響くとは思ってもいませんでしたが、一応、気をつけることにしました。
家で走ることは勿論、静かに歩くようにしたのです。
それでも、ひっきりなしにクレームを言ってくるようになりました。
その家族の話によると、ドイツで相当鍛えられたとのこと。
ドイツは、ものすごく神経質な国民性とのことで、夜9時以降は、階段は、靴を脱いで歩き音を立ててはいけない、洗濯もしてはいけない、家では、摺り足で歩き足を地面から離してはいけないとからしいのです。
私もドイツはハイデルベルグに1回行ったことがあるだけで、真偽の程は知りませんが、ラベルを1枚1枚剥がしてゴミを捨てるとかいう話も聞いたことがありますので、ひょっとしたら本当なのかも知れません。
そこで、そのドイツ流の生活を、うちにも強要してきだしたのです。
クレームは段々エスカレートし、しまいには、怒鳴りこんできだし、「いっそのこと、火を付けてやろうかと家族で相談したこともあったんですよ。」とまるで強迫です。
火を付けたら自分の部屋も燃えるのに、もう精神状態がまともとは思えない発言です。
私も、管理組合、警察、弁護士等にも相談したのですが、妙案は難しい状況でした。
やがては、先方の弁護士から配達証明付き内容証明郵便が届きました。
騒音を辞めなければ、訴訟にするという強硬姿勢です。
子供達も委縮しているし、私も、脳梗塞の父が亡くなったりもあって、心労のせいか、尿路結石による血尿・激痛で救急車で運ばれる始末です。
時間とお金に余裕があれば、正義の名の元に戦おうとも思ったのですが、やめました。
電車で座っていて頭のおかしい人が隣に座ってきて喧嘩をふっかけてこられた場合、相手にしてもしようがありません。
相手にせず、隣の車両に移る方がましだと思うのです。
双子が小学校1年になったばかりの6月1日から、家族を先に妻の実家の久我山に引っ越しさせ、その後3ケ月後位に私も引っ越しました。
後は物件の始末です……。

【まとめ】区分所有マンションは、共同生活。上下左右隣近所にどんな人が住んでいるか、越してくるかわかりません。
騒音対策にも注意が必要です。

■第3期:バブル崩壊後(1994年1月~9月)SU社時代・・・(区分所有マンション:東京2戸)

加藤 隆
バブル崩壊を生き抜いた現役最古参のサラリーマン大家さん。 所有物件100戸、実践的・総合コンサルティング系マルチタイプ投資家。 不動産経営を通じ、サラリーマンの経済的・時間的・精神的自立を提唱する。